思考力を育むための英語教材づくり 第2回 ——想起型学習の3つの効果—— 長谷川佑介先生(上越教育大学准教授)

新刊教科書『Reading Square』の著者長谷川佑介先生(上越教育大学准教授)に3回に渡って書いていただくエッセイ「思考力を育むための英語教材づくり」の第2回「想起型学習の3つの効果」を掲載いたします。大学英語教育の現場での取り組みが、新しい教材作成にどのように繋がっていったかがたいへん興味深く書かれています。

秘密にしていたエピソード

 今回は、まだ誰にも話さず秘密にしていたエピソードを1つ書かせていただきます。これをお読みくださっている方の中にも、きっと興味を持たれる方がいると思います。それは2020年6月の出来事でした。
 2020年度の授業は、新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の世界的流行に対する強い危機感の中で始まりました。国の緊急事態宣言が発出されたことで、私の勤務校でも4~5月の対面授業が全面中止となりました。そこで、私は講義動画を作成してYouTubeにアップロードし、受講者たちにメールを配信して自習を指示することにしました。
 しかし、学びのゴールが何も示されないまま「当面は自習です」と言われても、積極的に頑張ろうという気持ちにはなってくれません。そこで私は、「6月になったら、この自習課題の内容に関するミニ・テストを行います」という予告を付け加えることにしました。しかし、感染症の猛威が収まることはなく、私は対面授業が再開できない事態に備え、ミニ・テストを非対面形式で実施する方法を考え始めました。

即席のオンライン試験

 6月になると、やはり全ての授業をオンライン形式で実施するようにという通達が出されました。そこで、ミニ・テストは下記の要領で実施することにしました。
①オンラインのアンケート・フォーム(Google Forms)を用いて実施する
②回答フォームのURLは、当日の授業開始時刻に一斉送信する
③受講者は同時刻に一斉受験し、制限時間以内に解答を提出する
受験中は、話し合いや調べ物をしてはいけない
さて、このような即席のオンライン試験は、教員が意図した通りに機能するでしょうか。私は、受講者がどのような状況でミニ・テストを受験しているのかを自分の目で確かめてみることにしました。
 私は、授業開始時刻きっかりにミニ・テストのURLを受講者に配信すると、学生たちが自由に使えるいくつかの休憩スペースに急ぎ足で向かいました。学内のWi-Fiが提供されている場所に行けば、ミニ・テストを受験している学生に会えるかもしれないと考えたためです。すると、ある場所で6名くらいの学生がパソコンを持ち寄り、テーブルを囲んで熱心に話し合いをしているのを見つけました。どうやら私のミニ・テストを受験しているようですが、話し合いの禁止というルールが守られていません。私が「これは一応テストですから、相談しながら解答しちゃダメですよ」と優しく注意したところ、「すみません」と受け入れてくれました。
 ミニ・テストの実施後、私はもう1つ調査を行ってみることにしました。私は全ての受講者にメールを配信し、「減点されたりしませんので、もしテスト中に資料を参照してしまった人がいたら自己申告してみてください」と伝えました。すると、私を信用してくれた数名の学生が、どうしても自信のない設問だけは調べながら解答したと告白してくれました。こうして、即席のミニ・テストは「試験」としては機能していなかったことが複数の証拠から明らかになったわけです。ミニ・テストの得点は成績には直接的に反映させず、あくまで学習機会の1つだったと見なすことにしました。具体的には、同じミニ・テストを翌週にも実施することにし、「今度は調べ物をしても良いので、全員が合格点を取ること」というミッションに切り替えました。

単なる「ズル」なのか

 以上の経験は、私の大学の英語授業に対する考え方を変えるきっかけとなりました。あの日に私が目撃したのは、未曽有のパンデミックという不安の中で、大学に入学したばかりの学生たちが互いを助け合いながら真剣に英語を学びあう姿でした。それは本当に単なる「ズル」なのか。むしろ現代の英語学習者のあるべき姿を現しているという側面もあったのではないでしょうか。立場上、私は学生たちに「ダメですよ」と注意しましたが、そもそもミニ・テストの目的は成績をつけることではなく、自習期間の学びにメリハリをつけることでした。先生の目を盗んで仲間を助けにいき、それがバレたときには素直に謝ってくれた彼らからは、困難を乗り越えて何とか学び続けていこうとする態度が感じられました。
 また、AIの技術がどんどん進歩していくなかで、現代の英語学習者にとっては「自分の頭で考えて思考力を養う」ことよりも「機械をうまく使えるようになる」ほうが課題達成への近道になってしまうのではないかという懸念も生まれました。きっと教材の在り方も変わっていかなければなりません。設問に対する答えを探させる活動を中心にした教材は、いずれAI時代の英語学習にそぐわなくなるのではないかと感じました。しかし、その後も色々な授業形態を試しましたが、学習者が「自分の頭」を使わなければ成立しないような学習活動を考案することは意外と難しく、もどかしさが残りました。

Context-Retrieval Instruction

 ところで、当時の私は、Context-Retrieval Instruction(CRI)という取り組みの効果について検証を始めたところでした。2021年に発表した論文では、英単語を例文と一緒に暗記学習した大学生が英単語の意味をどれくらい思い出せるかを調べた実験結果を報告しました。データを分析した結果、暗記学習の直後に「英単語がどのような例文で使われていたか」を思い出してもらう活動――これをCRIと呼んでいます――を行うことで、一部の学習者はその英単語の意味をよりしっかりと覚えられるようになることが分かりました。ただ、どうすれば「文脈を思い出してごらん」という指示を「授業」に組み込むことができるかについては、アイディアがまとまりませんでした。
 私の頭の中では、この実験結果と2020年6月の出来事がゆるやかに結びつき始めていました。授業中に仲間同士で協力することは必ずしも「ズル」ではなく、むしろ現代的な学び方なのではないか。文脈を思い出す活動も、実はクラスメイトと協力しながら取り組んだほうが効果的なのではないか。そんなことをぐるぐると考えていた時期に、新たな英語教材を出版しないかというお声掛けをいただいたわけです。私は、この『Reading Square』という教材を通して、全てのアイディアを繋ぎ合わせることに挑戦してみたいと考えました。

8つのステップ

 この『Reading Square』では、1つの本文に対して8つのステップを設けることにしました。

Step 1: 話し合い活動
Step 2: 本文の読解
Step 3: 要約文の穴埋め
Step 4: 内容理解問題
Step 5: 語句が使われていた文脈を思い出す活動
Step 6: 語句が使われていた文脈を見つける活動
Step 7: 要約活動
Step 8: 話し合い活動

 Hasegawa(2021)のCRIをアレンジした想起型学習はStep 5に盛り込みました。これを行うことにより、想起の手掛かりとして与えられた語句の定着度が高まるはずです。もし抵抗なく実施できるようなら、この活動は英語でチャレンジさせても良さそうです。

3つの効果

 この想起型学習はペア活動の形で取り入れることにしました。たとえば「本文の中で、to your leftというフレーズはどういう文脈で使われていましたか?」と聞いた場合、記憶だけを頼りに質問に答えるならば答え方は様々です。想起できる内容や情報量に個人差があるからこそ、仲間同士で伝え合う必然性が生まれます。そして、仲間同士で断片的に思い出せることを言い合っているうちに、いつの間にかto your leftというフレーズへのなじみ度は高まっていくでしょう。
 また、リーディングに関する研究論文によれば、文章を読んで理解できたことを自分なりに思い出し、自分なりの表現で誰かに伝えようとする活動(リテリング)には、文章の深い理解を促す効果があるそうです。Step 5は文章全体ではなく語句をキーワードにした局所的なリテリングですが、それでも理解の精緻化を促す作用があります。このことについては、2023年8月に開催された大学英語教育学会(JACET)の国際大会で実験結果の一部を報告しました。
 まとめると、リーディング教材においてこのような想起型学習を取り入れることで、以下に示す3つの効果が期待できると私は考えています。
・語彙知識の定着を図ることができる
・教室内に対話的な雰囲気が生まれる
・文章理解の精緻化が促される

インプットとアウトプットの架橋

 実のところ、『Reading Square』では本文を読んだ後に、要約文を見ながら本文内容を思い出し、キャラクターのセリフを見て本文内容を思い出し、さらに語句を手掛かりにして本文内容を思い出すという具合に、想起の機会が何度も繰り返し与えられています。本文を読むという「インプット」と英語で自分の意見を話すという「アウトプット」を、「何度も思い出す」というプロセスで繋いでいるわけです。学んだ内容を思い出しながら英語表現に繰り返し触れることで、インプットとアウトプットは効果的に架橋されるはずです。
 現代のAIツールを使えば、英文を和訳したり、質問の答えとなる事実を見つけ出したりすることは誰でも瞬時にできます。しかし、「思い出せたことを言い合う」という活動であれば、最も合理的な「ズル」は、AIツールを使うことではなく先生の目を盗んで本文をチラッと読み直すことでしょう。本人は「ズル」をしているつもりでも、自主的に本文を再読しているのですから英語教員が目くじらを立てる必要はありません。こうして、2020年6月から続いていたモヤモヤに対し、私は自分なりのケリをつけることができました。
 あと1回だけ私の執筆回が続きますので、よろしければ次回もお付き合いいただければ幸いです。なお、私の研究論文に興味を持ってくださった方は下記のリンク先をご覧ください。

※Hasegawa (2021)の論文
https://doi.org/10.20581/arele.32.0_113

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