思考力を育むための英語教材づくり 第3回 ―AI時代に求められる要約指導― 長谷川佑介先生(上越教育大学准教授)

新刊教科書『Reading Square』の著者長谷川佑介先生(上越教育大学准教授)に3回に渡って書いていただくエッセイ「思考力を育むための英語教材づくり」の第3回「AI時代に求められる要約指導」を掲載いたします。大学英語教育の現場での取り組みが、新しい教材作成にどのように繋がっていったかがたいへん興味深く書かれています。

AI時代における要約指導

 私のエッセイは、これが最終回です。今回はAI時代における要約指導について考えてみたいと思います。現代ではAIを用いた機械要約の技術も発展し、どんなに長い文章でも一瞬で分量を圧縮できるようになりました。英文を読んでその内容を英語(または日本語)で要約する活動(サマライゼーション)は、主に高校~大学レベルの英語授業で取り入れられてきたかと思います。しかし、誰でも簡単に要約文を自動生成できるようになった現代において、英語学習者が時間をかけてサマライゼーションの練習をすることにはどのような意味があるのでしょうか。この点について、読みのメカニズムという観点から私なりの考えをまとめてみたいと思います。

筆者の言いたいこと

 ところで、これまでの2回分のエッセイでは、現代の英語学習者が身に着けるべき思考力について、私が普段の授業や研究を通して考えてきたことを言語化してきました。読み直してみると合計8,000字ほど書いたようですが、結局、私の言いたかったことは次の2点です。
①インプットとアウトプットの活動の間に「対話的な学び」の要素を盛り込むことで、仲間との対話を通して考えを深められるようなリーディング教材を開発した。
パンデミックにおける実体験から、学習者が「自分の頭」を使わなければ成立しない学習活動の必要性に気づき、クラスメイトと協力しながら文脈を思い出す活動を教材に盛り込むことにした。
 約8,000字の文章を160字くらいに要約しましたので、分量は2%程度まで圧縮されたことになります。見かけ上、残りの98%の文字情報はカットされていると言えます。私は執筆者本人ですから「筆者の言いたいこと」を簡単に要約できましたが、これは読み手にとっては容易なことではありません。AIを用いた機械要約について考える前に、まずは人間の読み手がどうやって文章を要約するのかを考えてみたいと思います。

2つのプロセス

 先ほど「筆者の言いたいこと」を2文(①・②)にまとめた際、私は次の2つのことを行いました。
・2回分のエッセイを全体的に読み直して、要約に含める情報を取捨選択する
・自分の頭の中にあるイメージを言葉に置き換える
 私が最初に行ったのは、文章全体をざっと通読しながら、要約に含めるべき内容を探すという行為です。たとえば、「仲間との対話を通して考えを深められるようなリーディング教材」という表現は、私が前々回の記事全体を読み直して見つけた表現です。要約に含めるべき内容を探す際、本題にあまり関係のない内容(trivial material)はその候補から外れました。また、何度も繰り返し述べられている冗長な内容(redundant material)もコンパクトに整理する必要がありました。こうして、要約に含める必要のない余分な言葉を削ることで、文字数を98%近く減らしたわけです。
 それと同時に、原文を読み直しながら思い浮かんできたイメージを私は言語化しました。これが第2のプロセスです。たとえば、「パンデミックにおける実体験」という表現は、そのままの形では原文に出てきません。原文には「COVID-19」とか「感染症の猛威」といった表現も出てきましたが、要約文を書いている最中に私が思い浮かべていたイメージ――当時の緊迫した雰囲気――にぴったり合うのは「パンデミック」でした。同様に、文章の中で述べられている複数の出来事(オンライン試験を実施したこと、休憩スペースで学生と会ったことなど)は、まとめて「実体験」と呼ぶことにしました。イメージを言語化していく作業は、原文の内容をしっかりと覚えている場合には記憶だけを頼りにして行うこともできそうです。

要点理解のメカニズム

  たとえ誰かに「要約しなさい」と言われなくても、私たちが文章を読んで要点を捉えようとしているときには、心の中で似たようなプロセスが自動的に働いているのかもしれません。たとえば説明文を読みながら「筆者の言いたいこと」を理解しようとしているとき、私たちはその文章をどのように読んでいるでしょうか。本題から脱線した内容を読んでいるときには、その部分は自然と「筆者の言いたいこと」の候補から除外されるでしょう。また、具体的な事例がいくつも出てきたときには、それらの共通性を見出し、自分なりのイメージに置き換えて簡略化することもあります。つまり、意識的であれ無意識的であれ、私たちは重要性の低い情報を削除(deletion)したり、列挙された具体例を一般化(generalization)したり、自分が知っている枠組みで構成(construction)したりすることで、記憶の中に保持しておく情報量をコンパクトにしているわけです。
 英語の説明文を読むときも同じです。たとえば、次のような英文があるとします(※英文の内容は『Reading Square』とは無関係です)。

 文章の要点を捉えようとしながら読む場合には、頭の中で削除・一般化・構成といった方略を用いることで、複雑な内容をできるだけ簡略化しようとするはずです。

 同じ英文を50語以内で要約してみたものが次の図です。イメージを言語化する際は、waterやbirdといった平易な英単語が役に立ちます。(ちなみに、AI要約を試したところ、どういうわけかbirdは使われませんでした。AIは、まだ「一般化」の精度には自信がないようです。)

 このような作業を授業中に行う場合、学習者は英文全体を読み直して情報を取捨選択し、ときには書かれている内容を頭の中でイメージ化する必要があります。このような経験を積むことは、「筆者の言いたいこと」を捉えられるようになるためのトレーニングとして効果がありそうです。

学習の「途中経過」として

 従来、英語授業におけるサマライゼーションの活動は、授業(または単元)の最後に実施されることが多かったように思います。全体的な内容理解を終えた証として、要約文という1つの「完成品」を制作するという意味合いもあったのでしょう。しかし、現代のAI要約の技術を用いれば、要約文自体は誰でも簡単に自動生成することができます。その意味では、サマライゼーションを授業の最後に行う必然性はかなり薄れてきています。サマライゼーションの活動はむしろ学習の中盤で実施しても良いのかもしれません。文章全体を正確に理解させてから「完成品」を作らせるのではなく、あくまで学習の「途中経過」として、学習者の断片的な理解が反映された要約文を作らせてみても良さそうです。

AIとの違い

 学習者の断片的な理解が反映された要約文は、AIによって生成された要約文とどのように異なるのでしょうか。私なりにいくつかの実験を試みましたが、究極的には「中級レベルの英語学習者になったつもりで、不完全な要約文を作ってください」というような特殊な指示をAIツールに与えることで、まるで学習者が書いたかのような要約文を生成することは技術的には可能のようです。しかし、一般的なAI要約の出力内容と異なる点としては、次の2点が挙げられるでしょう。
・それまでの学習過程が要約文にも反映される
・要約文には学習者の個性が反映される
 たとえば、英文を読ませる前にそのトピックに関連する話し合い活動を行ったとします。そのような場合、学習者は無意識のうちに自分たちが話し合った内容に関連する具体的な情報を重要だと考え、それを積極的に要約文に含めようとするでしょう。一方、英文だけをインプットされたAIツールは、(特殊な指示がない限り)些末な情報を要約文に含めません。さらに、もし教師が「この文は重要だから下線を引いておいてね」などと指示した場合、英語の苦手な学習者によるサマライゼーションは、そのようなヒントに強く依存したものになるでしょう。

短時間で気軽に取り組める要約

 私たちが開発した『Reading Square』という教材では、サマライゼーションの活動はUnitの末尾ではなく、最後から2番目の活動になっています。どんなに英語が苦手な人でも必ず参加できるように、要約に至るまでの準備段階をかなり充実させてあります。特にサンプル要約文の穴埋め課題(Step 3)、記憶を頼りに本文の内容を思い出す活動(Step 5)、5つのキー・センテンスを見つけて下線を引く活動(Step 6)は直接的な助けになるでしょう。必要な分だけヒントを活用することで、それまでの学習過程が反映された「人間らしい」要約文を誰でも書くことができるはずです。私が実際に教材の試作品を用いて大学1年生に授業を行ったときも、参加者全員がサマライゼーションの課題をクリアできました。

 こうした工夫を教材に施したのは、サマライゼーションをより短時間で気軽に取り組める活動にしたかったからです。初心者であれば、まずは下線を引いた文を単純に繋ぎ合わせることから始めても良いと思います。しかし、上級者になるにつれて、わざわざ英文を読み直すより自分なりのイメージを言語化したほうが時間節約になることに気づくでしょう。それぞれの学習者が最も合理的だと思う方法でサマライゼーションを行うわけですから、出来上がる要約文にもそれなりに個人差が生じます。個性豊かな要約文をグループで発表し合えば、教室内には新たな対話が生まれるでしょう。学びの痕跡が残った要約文を聞き比べることで、お互いの学び方を知ることにもなるのです。
 実は、この「短時間で気軽に取り組める要約」を実現するために、著者である私たちは大変な苦労をしました。『Reading Square』のStep 3ではサンプル要約文を1つ示すのですが、Step 6で下線を引く5つのキー・センテンスを繋ぎ合わせると、また新たな要約文が浮かび上がってくるようにしたのです。教材をお使いになる学生さんたちは、まさかそんな仕掛けが15 Units全てに施されているとは気づかないでしょう。もし機会がありましたら、皆さんも教材の現物を実際にお手に取って確かめてみていただければ幸いです。キー・センテンスをつなぎ合わせた要約文の例は、教授用資料に記載してあります。最後までお読みくださり、誠にありがとうございました。

参考文献:
Brown & Day (1983) https://doi.org/10.1016/S0022-5371(83)80002-4
Kintsch & van Dijk (1978) https://doi.org/10.1037/0033-295X.85.5.363