思考力を育むための英語教材づくり 第1回 ——「対話」のある授業を目指して—— 長谷川佑介先生(上越教育大学准教授)

新刊教科書『Reading Square』の著者である長谷川佑介先生(上越教育大学准教授)に3回に渡って書いていただくエッセイ「思考力を育むための英語教材づくり」の第1回「対話のある授業を目指して」を掲載いたします。大学英語教育の現場での取り組みが、新しい教材作成にどのように繋がっていったかがたいへん興味深く書かれています。

英語教育の「壁」

 皆さん、こんにちは。上越教育大学の長谷川佑介と申します。私の専門分野は英語教育学ですが、現在は主に文章理解、語彙習得、教材開発などについて研究を行っております。
 さて、皆さんは英語の学習法についてどのようなイメージをお持ちでしょうか。私自身が中高生だった頃は、英語の学習法といえば音読と和訳でした。文章を正しく和訳し、音読できるようになるための基礎作りとして、私も英単語の発音練習や訳語の暗記などを一生懸命に行いました。その後、私は大学院に進んで外国語習得の理論を学んだのですが、そこで文章の音韻符号化や母語との関連づけといったメカニズムについて詳しく知ることができました。それと同時に、音読と和訳のトレーニングだけでは外国語習得が成り立たないことも学びました。
 現代ではAIツールの開発が飛躍的に進み、難しい語彙を含む文章を素早く翻訳する能力では、人間が機械に追いつけない時代になりました。実生活で英語を使う場面を思い浮かべてみてください。誰かに指定された文章をそのまま音読したり、ツールを何も使わずに時間をかけて和訳するような場面よりも、見たり聞いたりした情報について「ああでもない、こうでもない」と述べあうような場面のほうが圧倒的に多いのではないでしょうか。学習指導要領や大学入試のあり方も、音読と和訳を中心とした英語教育からコミュニケーション中心の英語教育への転換を目指してアップデートされています。その授業改善のカギは「主体的、対話的で深い学び」だと言われています。英語学習者と向き合う私たちは、和訳のための思考力だけでなく、対話型の思考力を育む方法を模索しなければなりません。
 文字言語を音声言語に置き換えたり、英語の文章を日本語に置き換えたりするトレーニングだけでなく、読んで理解できたことについて仲間と対話する経験が重要だ――これは教員にとっては当たり前のようにも思えますが、学習者にとっては簡単なことではありません。私たち大学教員が「いま初めて読んだ英文の内容について、ペアで意見を述べ合ってみなさい」などと指示しても、よほど馴染み深いトピックでない限り、英語の苦手な学生たちが楽しく取り組んでくれるとは思えません。この「壁」を突破し、仲間との対話を通して考えを深められるようなリーディング教材を作ることはできないか。そのような思いから、新たな教材づくりへのチャレンジが始まりました。

「対話風」の出題形式

 全文和訳を前提とした授業でない限り、初見の英文を一度読んだだけの学習者に対し、文章内容を隅々まで正確に理解していることを期待する必要はありません。むしろ一人ひとりが「理解できた」部分を大切にし、たとえ一回目の読みでは多少の誤解や見落としがあっても、仲間との対話を通して理解を軌道修正していけば良いはずです。そのような学習過程を実現するためのヒントは、じつは大学入学共通テストの「国語」にありました。たとえば現代文のセクションでは、次のような出題形式が採用されています。
次に示すのは、授業で【文章I】【文章II】を読んだ後の、話し合いの様子である。これを読み、次の(i)〜(iii)の問いに答えよ。
 このリード文に続けて、生徒A・B・Cの3人が文字通り「ああでもない、こうでもない」と意見交換をしているセリフが何行か続きます。受験者は、自分ひとりで文章を理解しているモードから視点を切り替えて、色々な読み手の考えを俯瞰するようなモードになることが求められます。
 このような出題形式を英語教材のなかに取り入れたら、いったいどうなるでしょうか?以下の図をご覧ください。これは英文を読んだ後に解くいわゆる内容理解問題のサンプルですが、ここでは「英文の内容にあう記述を一つ選べ」というような問い方は採用していません。英文の内容に関する質問に4人のキャラクターたちが答えていて、その発言内容を比較するという形式になっています。4つのセリフを比べて、どのキャラクターが英文を最もよく理解しているかを判断するわけです。

 この出題形式を用いれば、下の図に示すように、内容理解問題の中身をさらに「対話風」にすることも可能になります(上の図と下の図はUnitが異なります)。

学生たちの反応

 このような教材の試作品を使って大学1年生に授業をしてみたところ、3つの発見がありました。まず、「英文の内容を理解しているキャラを選ぶ」という問い方に対して、今どきの学習者は全く抵抗を示さなかったという点です。このような「対話風」の出題形式は、現代の学習者には容易に受け入れてもらえることがわかりました。2点目として、従来型の「英文の内容にあう記述を一つ選べ」というような問い方と比べて、どうやら自信をもって正解できる学習者は少ないという手応えが得られました。“不正解”のキャラクターも非常にもっともらしい発言をしていますので、たとえ“正解”のキャラクターを最初から選んでいた学生でも、答え合わせをするまで自分の選択に自信がもてないようでした。3点目として、「じゃあ、3人組になって答え合わせをしてごらん」と指示をすると、答え合わせの活動だけで教室内が非常に盛り上がりました。学生たちは、教材に描かれている4人のキャラクターたちに負けないくらい活発に「ああでもない、こうでもない」と考え、教えあっていました。
 ある学生は、授業後に「文章中の内容に即している人は誰かを考える質問は、全員正しいことを言っているように見えて、最後の一人に絞るのが難しかった」という主旨の感想を書いてくれました。また別の学生は、「難しかったけど、隣の2人が教えてくれたのでよく分かったし、話せて嬉しかったです」という主旨のことを書いてくれました。この出題形式は、ひとりで100点満点を目指すような学び方ではなく、仲間と対話しながら何度も本文に立ち返り、協同的に理解を深めていくような学び方との相性が良いことが分かりました。

対話的な学びとは

 ところで、英語授業における「対話」には、2つの異なる意味合いがあると思います。その一つは、英語を用いたスピーキング活動で見られるような対話です。英語を使って話すこと(やり取り)は、英語の運用能力の重要な側面の一つです。もう一つは、仲間との関わり合いのなかで学びの質を高めるという意味合いでの対話です。学習者にペアやグループを組ませて答え合わせをさせるとき、分かり切った答えを単に確認するだけでは有意味な対話は生まれません。しかし、もし一人ひとりに「言いたいこと」があり、それを伝え合うことでお互いを助けることができたなら、一人で学ぶ場合よりも学習意欲や学習効果は高まるでしょう。学生たちが「ああでもない、こうでもない」と考えながら答え合わせをしている場面では、後者の意味で、対話的な学びが実現されていたように思います。

ありのままの本音で

 こうして試作品を実際に使いながら改良を行い、ようやく完成したのが新教材『Reading Square』です。リーディング教材の要である「読み」の部分に、対話的な学びの要素を盛り込んでいる点が本書の特色の一つですが、やはり読解して終わりというわけには行きません。読んで理解できたことについて仲間と対話する経験をさせるためには、最終的には「いま読んだ英文の内容について意見を述べ合ってみなさい」という活動は必要でしょう。仲間同士で助け合いながら学ぶという協同的な雰囲気は既にできあがっていますので、あとは、一人ひとりの学習者の心の中にある「言いたいこと」を英語にする手助けができれば良いと考えました。

 まず、この最終ステップでは、あるトピックに対して賛成派と反対派のいずれかの立場を選ばせるような形式は採用しないことにしました。たとえば私たちが「飛行機の無人操縦には賛成ですか?」とか「医療のためのヒト遺伝子操作には賛成ですか?」とか「選挙権を16歳まで引き下げることに賛成ですか?」などと聞かれたら、どう答えるでしょうか。必ずしも全面賛成や全面反対の立場ばかりではなく、「条件付きで賛成」とか「部分的に反対」とか、ときには「中立」や「わからない」というのが本音であるケースも多いのではないでしょうか。
 必ずしも賛成派や反対派の立場を選ばなくてもよいからこそ、学習者はありのままの本音で意見交換をすることができます。私の授業では、飛行機の無人操縦技術について書かれたUnit 1を読んだ学生の多くは「反対」の気持ちを表明しましたが、たまたま少数派になった「賛成」の学生も伸び伸びと自分の意見を述べてくれました。また、なかには「自分は高いところが苦手なので、航空技術よりも陸路や海路の技術開発が進んだら嬉しい」という、私も予想していなかったような回答をしてくれる学生もいました。「読み」の時間を対話的にすることで、その後の意見交換がこんなにも活発になるのかと、私自身も大いに驚きました。

アウトプットを支援する手立て

 この意見交換のパートを支えているのは、ここでも「ああでもない、こうでもない」と様々な意見を述べ合っている4人のキャラクターたちです。いつも前向きで何事にも興味津々なArielは無人操縦に賛成し、慎重派のJodyは批判的視点で反対意見を述べていますが、Noelは別の視点から新たな意見を述べています。聞き上手なTracyは、他のメンバーの意見を整理しながら自分の考えを述べています。「自分の意見に似ているな」と思ったキャラクターがいれば、すぐにそのキャラクターが述べている英語表現を真似して取り入れることができるため、学習者は読んで理解した内容(インプット)を意見交換の場でさっそく使ってみること(アウトプット)ができるというわけです。

 実は、インプットとアウトプットを架橋するための手立てについては書きたいことがまだたくさんあります。また続きの記事を書かせていただきますので、ぜひ次回もお付き合いください。