大学英語教育、何が変わったのか? 第4回―坪田 康 先生(京都工芸繊維大学 基礎科学系 准教授)
2020年以降オンラインでの授業が行われ、大学の英語教育の現場に様々な変化が起きたと思われます。実際に大学で英語の授業を担当されている先生へ、どのような変化が起きているのか、インタビューをいたしました。第4回目は坪田 康先生(京都工芸繊維大学 基礎科学系 准教授)にお話を伺いました。
それぞれのツールのよさを考え、最適に組み合わせることを意識
大きくまとめると、Career Englishは小テストと問題解説が中心となる座学の授業、その他の科目はスピーキング活動を中心とした授業で、2種類系統があるといえると思います。
座学中心のCareer Englishという科目は、反転授業スタイルを取っていまして、学生が事前に教科書の問題を解き、授業では関連の小テスト等を実施し、解説を行うことがメインとなります。課題が大量にありますので、コロナ前は、毎回、結構な量の印刷物を教室に持ち込んでいました。授業時に紙を配り、提出も紙でということが基本でした。
ここ2年ほどはオンラインで授業を実施していたこともあり、うちの大学のLMSであるMoodleを使って、課題の提示、解答解説の配布を行いました。学生の課題の提出も学内LMSを使いますので、紙を全く使っていませんでした。そもそも学生に会うこともあまりありませんでしたが、対面になったタイミングで紙を使う方式に戻しました。ただ、紙を大量に使うのは環境によろしくないと改めて思いまして、印刷やコピーを以前より少なくするように気をつけるようになりました。同僚の先生の中には、一切紙を使わなくなったという先生もいらっしゃいます。非常に大きな変化の1つと思います。
もう1つ、あくまで私の意識のお話ですが、それぞれのツールのよさを考え、最適に組み合わせることを意識するようになりました。例えば、学生に情報を提示するのに、大きなスペースのある黒板は魅力的です。十分なスペースがあるので、授業の進行を黒板に書いて、今、どの部分を実施しているかがいつでも分かるように心がけています。学生に前に出てきて書き込んでもらうこともできます。何を当たり前のことをと言われるかもしれませんが、教師しかPCを用意していない状況では、学生にパソコンに入力してもらうのは煩雑ですし、複数人が同時に書き込むとなると、パソコンではしんどいところがあります。一方で、パソコンは、事前に資料を準備しておいて、パパパっと切り替えると、とてもスムーズに授業を進めることができます。インタラクションのあるところは黒板で進行し、次の活動の指示や解答などをパソコンで用意しておき、活動の切り替えのタイミングでパソコンの画面をさっと提示したりなど、双方のいいところを活用して授業ができるといいなと思っています。
プレゼンテーションの授業では多数の聴衆を想定するため、学生は大きな声で話す必要がありますが、マスクをしているためどうしても聞き取りづらくなります。今回お話する事例では、ある学生がオンラインで参加しているフィリピン人の先生と教室にいる他の学生に対してプレゼンをしていました。プレゼンの内容は良かったのですが、声が小さく、聞こえづらかったため、他の学生やフィリピン人の先生からの評価が下がってしまっているようでした。早めに努力して直した方がよいだろうと思いましたので、私から「内容はよいし、もう少し大きく話すだけで相手に聞こえやすくなって印象もよくなるよ」といったアドバイスをしたところ、その学生から「自分ではせいいっぱい声を出しているので、これ以上大きな声は出せないです。」と少し怒った感じで返ってきました。以前でしたら、どうやったら大きな声を出せるか一緒に考えていましたが、今はそもそも大きな声を出すのがはばかられるご時世でもありますし、マスクをつけて無理をして大きな声を出そうとしてむせかえってしまってもいけません。すぐに考えを切り替えて、マイクを工夫して使ってみようということにしました。
今回のものはあくまで一つの例で、他にもマスクにまつわる課題は多々あると思います。すべてを事前に想定するのは難しそうですので、現場でひとつひとつ解決していく必要があるのだろうと思っています。実はこのお話にはもう少し続きがあります。最後の授業で学生のみなさんといっしょにリフレクションをしていた際に、その学生に他の学生が「そういえば声が大きくなったよね」とコメントしたのです。その時は「あ、そう」といった反応だったと記憶していますが、授業後のアンケートでは「声が大きくなっていたのは嬉しかった」と書いていました。ここからは私の推測になりますが、学生同士も打ち解け、英語を話すことになれてきて、話す量も最初より増えてきたこともあり、しらずしらずのうちに大きな声につながったのではないかと思います。コロナ禍では他者と話す機会は以前より減っていると一般論としていえるのではと思いますが、この学生も普段から声を出す機会が少なかったのではと思ったりもしました。今後、スピーキングの授業をしていくにあたり、ここで学んだことはとても大きいと感じています。
PC必携の授業ができるようになったことは、私にとっては非常に大きかった
現在は、多くの学生がパソコンを持参していますが、学内のICT環境が整備されつつあることともあいまって、授業で学内LMSを使うハードルはほぼなくなったと思います。多くの授業で使っていることもあるのか、学内LMSに情報を載せたので見ておいてねと授業で伝えても、操作方法を尋ねてくる学生はいなくなりました。スケジュールをMoodleにおいてほしいなど、リクエストをしてくる学生も出てきました。学生側からリードしてくれるわけで、たのもしいことです。
もう1つ変わったなと思う点があります。それは体調不良で休みます、検査で陽性だったので休みますというケースが増えてきたことです。無理して大学に出てくる方がよろしくありませんので、それが言いやすい環境になったというのはとてもよいことだと思います。そういう場合、大学からは授業をオンラインで配信する「ハイフレックス」での対応を可能な範囲でお願いしますと依頼されます。ただ、授業の内容や実施方法によってはオンライン配信では十分に教育目的を達成できない場合もありますので、学生の状況に応じて、個別にメールでやりとりをしたりします。また、LMSに資料や課題をおいているのでそれを見て、次に授業に来る時までにやっておいてくださいと伝えたりすることもあります。臨機応変で複雑な対応を学生も迫られていると思うのですが、基本的には指示通りのことをやってきてくれます。必要に迫られてのことではあると思いますけれども、以前より、ITリテラシーが高くなったと言えるのではないかと思います。
最初に授業情報の集約についてお話します。全員PCが使える環境を活かすために、さまざまなツールを使おうと考えたのですが、そのためには、初回の授業でさまざまなツールをダウンロードしたり、設定してもらったりする必要があります。いちいち指示していたのでは授業時間がいくらあっても足りませんので、アプリやウェブサイトのリンク一覧なども含む授業関連情報を集約したページをGoogle Spreadsheet、これはオンラインのExcelみたいなものですが、その上に作成しました。文字だらけのページでぱっと見には分かりづらいところもあると思いますが、学生のリテラシーの高さにも助けられて、この仕組みはうまくいっているようです。
目的や環境に応じたツール選定が重要
練習後の振り返りの際にもこのツールは役立っています。授業時にはペアワークなどもさせているのですが、相手を変えながら何度もスピーチやプレゼンをすることになるため、回数をこなしているうちにひとつひとつのプレゼンの状況を忘れてしまいがちです。練習後の振り返りの際に、それぞれの記録を取ったデータがあると成長の軌跡が分かりやすくなり、振り返りがしやすくなるようです。これは紙を用いた記録でもできることではありますが、紙に比べるととてもシンプルで扱いやすいというメリットがあります。
こうお話すると、なんでもオンラインがいいという風に聞こえるかもしれませんが、そうではないと考えています。例えば、東工大の授業では、毎回、目標を設定させていて、活動がすべて終わった後に達成度や、次のプレゼンで使いたい表現などを記録したり、発表してもらったりしていますが、それは紙を用いています。紙に書いた方が記憶に残ると思いますし、常にその日の目標を目にすることで意識がしやすくなると考えたからです。目的や環境に応じたツール選定が重要なのだと考えています。
一方で、京大の授業では目標部分もオンラインツールであるGoogle Formsを用いています。1週間ごとの授業ということで、各回の間に時間があいてしまい、紙で管理すると持ってくるのを忘れてしまう怖れがあるというのが大きな理由です。Google Formsは集計機能がありますので、授業時に収集した回答の集計結果や個別のコメントに応じた表現の指導などを次の授業の際にしていたりします。ICT導入の恩恵によって、学生たちに寄り添った授業展開ができつつあるという手ごたえを得ています。
オンライン化が進む教材ですが、問題も抱えていると思います。コロナでオンライン授業をした際には、教科書の内容をどこまでLMSに載せていいのかという議論もありました。法整備が整っていない部分もあるでしょうし、版権、著作権の問題や、技術的な部分、運用の部分などさまざまなことが関連しているのではないかと思います。教育を提供する側、享受する側双方にとってよい枠組みができて、技術的なメリットを享受できる日が早くくるといいなと願っています。
(2022年11月18日のインタビューをもとに作成)